紛争の内容
平成29年、昭和47年に婚姻した夫婦の夫がお亡くなりになりました。この夫婦には子供がありませんでしたことから、相続人は、配偶者である妻と、夫の兄弟姉妹という第3順位の相続人です。

夫の兄弟の一人が申立人となって、さいたま家裁に、不在者財産管理人の選任申立を行いました。

不在者とは、従来の住所又は居所を去り、容易に戻る見込みのない者をいいますが、この不在者との間で、遺産分割協議を行いたいとして申立てられたのが本件です。

交渉・調停・訴訟などの経過
1 遺産分割(代償金分割、受取人指定の生命保険の保険料を特別受益に準じるとする扱い)

被相続人の遺産には、マンション、預金がありました。そして、配偶者を受取人とする生命保険がありました。

法定相続分は、配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1です。

不在者財産管理人としては、管理対象は金融資産に集中したいこともあり、相手方の方には現物としては、マンションを取得してもらい、配偶者管理人の側では、預金を取得し、差額を代償金として支払う合意を整え、裁判所の許可をもらいました。

受取人指定の生命保険は遺産分割対象の遺産には該当しませんが、本生命保険の保険料が極めて高額であったため、その掛け金である保険料の支払いが、特別受益に準じるとして、上記の代償金の算定において、考慮しました。

2 管理人として遺産分割調停に出頭
この遺産分割協議を整えると同時に、仙台高裁管内の家庭裁判所において遺産分割調停が申し立てられ、当管理人も相手方となりました。

同調停においては、主な分割対象遺産である遺産不動産(マンション)の評価額の相当性については、不動産ジャパンのサイトに、同一地区のマンションと目される売却事例がありましたので、その事例も比較対象として、提案の評価額を検討しました。

これについても、金銭での取得を希望し、代償金として法定相続分の取得を得ました。

3 不在者の親族との知遇を得る
この調停において、不在者の兄弟の方と連絡を交わすことができ、のちの失踪宣告申立に大いに役立ちました。不在者の情報収集を行い、失踪宣告の申立てを行いました。

4 失踪宣告申立、失踪宣告の確定、戸籍法に基づく届出
不在者の方は、昭和47年に婚姻し、その後、配偶者の住所の移転とともに、関東近県を転々と住民票を移動し、平成25年、埼玉県に転入しておりました。

不在者財産管理人選任事件の申立ての申立人から、不在者が発した夫宛の手紙を受け取っていました。

これは、昭和47年12月に発せられたものであり、宮城県内の住所から発せられていました。

また、手紙の本文の中に、当時の勤務先をうかがわせる情報がありましたので、これをもとに、在籍の有無などを照会しました。

同年末に発せられた手紙の住所では県営住宅が表示されていましたので、現在の住宅供給公社に照会をかけました。

そして、昭和60年に被相続人は妻(不在者)宛に手紙を発し、その手紙の内容から、昭和48年2月下旬ころから12年余り、夫婦は同居しておらず、不在者は不在であることがわかりました。

遺産分割調停において、相手方として関与した実妹の方から、姉妹の実母が残した遺言書(の写し)や実姉の出奔の時期を確認しました。また、その原因など、参考となる事情も聴取し、報告書にまとめました。

そして、不在の時期の始期は、昭和48年(1973年)3月ころとして、申立てを行いました。

家庭裁判所調査官などの調査を経て、催告期間が設けられ、結果、失踪宣告がなされました。

この失踪宣告を受けて、その確定証明書を得て、本籍地の戸籍係あてに、失踪の届けを出しました。

5 二次相続の発生
これにより、普通失踪による7年後に死亡したものとして扱われますので、不在者(失踪者)である配偶者の相続(二次相続)が発生したことになりました。

相続人は、不在者の配偶者と不在者の第二順位の相続人である直系尊属です。

死亡とみなされる時点では、実母の方が健在でしたが、この時点では死亡しており、不在者の兄弟姉妹が第二順位の相続人の地位を承継しました。

当管理人が預かっている金融資産のみでしたので、この管理している金融資産を法定相続分で割り付け計算をしました。

この割り付け計算の結果と、本相続が発生し、この相続を承認するか否かの通知を発しました。

相続放棄の熟慮期間の起算点を確定するために、内容証明郵便付きで発しました。

本通知には照会書と回答書をつけ、本相続を承認する場合には、分配金の送金先として金融機関を指定してもらいたいとしました。この照会書に、金融機関の指定をして返送してくれた方は本相続を承認したものとして、送金していきました。

6 意思能力の欠けた相続人の判明、成年後見申立て
二次相続の照会書を確認した、相続人の親族の方から、認知症であり、施設に入所中であるとの報告がありました。

同親族を通じて、相続人の方の成年後見申立て用の診断書を取得し、同親族の方に申立人となっていただき、管轄裁判所に後見開始の手続を求める申立てを行いました。

同親族の方は、相続人とは別の県にお住まいでありましたが、施設に入所が当分の間継続すること、後見人となって、被後見人である相続人が、本相続を承認するかの判断をしていただき、本相続承認となれば、分配金の送金を受けてもらうだけですので、親族後見人の方が引き受ける予定であり、裁判所での調査官面接を受けました。

被後見人との関係(距離など)を考慮したためか、家庭裁判所は専門家後見人として、弁護士を選任しました。

後見人に選任された弁護士が本審判が確定して後見登記が完了した後に対応をとる段取りを整えました。

7 被後見人の死亡による後見終了
後見人が登記を具備したのち、間もなく、被後見人はお亡くなりになりました。

そこで、後見人は職務終了となり、分配金の引継ぎはなされませんでした。

8 相続人の承継人への分配(送金)
また、改めて、本相続人の相続関係を調査しましたところ、長男の方のみでしたので、その方に、本二次相続の相続を承認するかを照会しました。

同照会に対し、本相続を承認し、分配金の支払先を指定する回答がありました。

指定の口座に送金しました。

本事例の結末
管理人に選任されてから、終了まで都合6年かかりました、不在者財産管理人事件は、上記の顛末を報告して終結となりました。裁判所からも労いの言葉をいただきました。

本事例に学ぶこと
本申立ては、共同相続人の一人に、不在者がおりましたことから、遺産分割協議を行えない事案でした。

そこで、不在者財産管理人を選任し、選任された管理人と遺産分割協議をした事案です。

本不在者については、失踪宣告申立も可能ですが、遺産分割協議目的を早期に果たしたいことから、不在者財産管理人を選任する選択をなされたようです。

このような相談はよく受けるものですので、ご参考にしてください。

東京高等裁判所管内の不在者財産管理人選任事件では、管理人の報酬の担保としての予納金が決して少なくない額(100万円程度が見込まれる事案が多い印象です)が求められますが、遺産分割対象遺産の多寡、特に金融資産の額などによっては、収めた予納金が還付される可能性もあります。

本件は、不在者財産管理人として遺産分割成立後に、他の相続人に成年後見申立てを要する事情が発したりしたこと、新型コロナウィルス禍において、施設に入所中の相続人とは親族としても自由な面会がかなわず、後見申立てについての手間はかかりましたが、順を追って、手続きを踏んでいき、終結に至りました。

不在者財産管理人側としての具体的な事件処理としては、稀有な事例ですが、ご参考になればと存じます。

弁護士 榎本 誉