
※本記事は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の相続集中チームの弁護士が執筆しています。
「遺言を書こうと思っているけれど、全文を手書きするのは大変だ」
「パソコンで作成した遺言書ではだめなのか」
相続のご相談では、このようなご質問を受けることがあります。
これまでの日本の遺言制度では、自分だけで作成する一般的な遺言である「自筆証書遺言」については、原則として遺言書の全文を本人が手書きしなければなりませんでした。
ところが、この遺言制度が大きく変わります。
2026年6月17日、成年後見制度及び遺言制度を大幅に見直す「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同月24日に公布されました。
今回の改正では、電子データ等を利用して作成することのできる新しい遺言方式である「保管証書遺言」が創設されます。
新聞などでは「デジタル遺言」と呼ばれることもあります。
もっとも、「スマートフォンで『長男に全財産を相続させる』と入力して保存しておけば遺言として有効になる」という制度ではありません。
新しい制度にも厳格な手続が設けられています。
今回は、現在の自筆証書遺言との違い、新たに創設される保管証書遺言の仕組み、いつから利用できるのか、そして相続対策としてどの遺言方式を選ぶべきなのかについて解説します。
現在の自筆証書遺言は原則として「全文手書き」

まず、現在の制度を確認しておきましょう。
自筆証書遺言を作成するためには、原則として、遺言者本人が遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印する必要があります。
例えば、「私の所有する○○市○○町の土地及び建物を長男○○に相続させる」という遺言を作るのであれば、この本文を本人が手書きするのが原則です。
現在でも財産目録については例外があり、パソコンで作成した一覧表、不動産の登記事項証明書、預金通帳のコピーなどを利用することができます。
しかし、遺言の本文そのものについては、現在の自筆証書遺言では原則として本人が自書しなければなりません。
財産が少なく、内容も単純な遺言であれば、それほど大きな負担ではないかもしれません。
しかし、高齢になって手が震える方、長い文章を書くことが難しい方、複数の不動産や会社株式などを所有していて遺言内容が複雑になる方にとっては、全文を正確に手書きすることは相当な負担になります。
また、自筆証書遺言には方式違反によって遺言そのものが無効となるリスクもあります。
2026年の民法改正で新しい遺言方式が創設された

こうした問題などを背景として、2026年6月に成立した改正民法では、新しい普通方式の遺言として「保管証書遺言」が創設されました。
最大の特徴は、遺言の内容を必ずしも全文手書きする必要がないという点です。
電子データ等を利用して遺言内容を作成することが可能になります。
したがって、例えばパソコンを使って遺言内容を作成することが可能になるわけです。
現在の自筆証書遺言と比べれば、遺言者の作成負担は大幅に軽減されます。
特に、複数の不動産、預貯金、株式などを所有している方や、複数の相続人について細かな財産分配を指定したい方にとっては、大きなメリットがあります。
もっとも、ここで注意しなければならないのは、パソコンでWordファイルを作って自宅のパソコンに保存しておけば遺言になるわけではないということです。
「パソコンで作って保存」だけでは遺言にならない

遺言は、人が亡くなった後に効力を生じる法律行為です。
契約であれば、内容について争いが起きた場合に本人へ「この契約をしたのですか」と確認することができます。
しかし、遺言の効力が問題になるときには、遺言者本人は既に亡くなっています。
そのため、「本当に本人が作ったのか」「誰かに強制されて作ったのではないか」「作成時に本人に十分な判断能力があったのか」「後から内容を書き換えられていないか」という問題が生じます。
電子データは手書きの文書以上にコピーや変更が容易です。
そこで、新しい保管証書遺言では、単に電子データを作成するだけではなく、法務局における保管制度と組み合わせることによって遺言の真正性を確保する仕組みが採用されました。
つまり、新制度のポイントは、「パソコンで遺言が作れる」ということだけではありません。
「デジタル技術を利用して作成した遺言について、法務局の手続を利用して本人の意思を確認し、保管する」という点にあります。
法務局が関与する「保管証書遺言」

新しい制度では、遺言者が作成した遺言について、遺言書保管官が関与することになります。
これは現在存在する「自筆証書遺言書保管制度」をさらに発展させたものと考えると分かりやすいでしょう。
現在も、自分で作成した自筆証書遺言を法務局に預ける制度があります。
現在の制度では、遺言者本人が法務局に出向いて保管申請を行い、法務局が遺言書を長期間保管します。
遺言者が死亡した後には、相続人、受遺者、遺言執行者などが遺言書情報証明書を取得することができます。
また、法務局で保管された自筆証書遺言については、家庭裁判所での「検認」が不要になるというメリットがあります。
新しい保管証書遺言では、この法務局による公的な管理を利用しながら、デジタル技術を使った遺言作成を可能にします。
法務局で本人の意思を確認する

保管証書遺言では、遺言者本人の真意を確認する仕組みが重要になります。
パソコンで作成した文書だけを提出するのであれば、第三者が作成した可能性を排除できません。
そこで、新制度では法務局における手続を通じて、遺言者本人による遺言であることや、その意思を確認する仕組みが設けられます。
これによって、デジタル技術を利用する利便性と、遺言に必要な真正性・真意性を両立させようとしています。
相続争いでは、「父はこんな遺言を作るはずがなかった」「兄が父に無理やり遺言を書かせた」「認知症が進んでいて内容を理解できる状態ではなかった」など、遺言の有効性そのものが争われることがあります。
デジタル遺言を普及させるためには、このような紛争を防止する仕組みが不可欠なのです。
自筆証書遺言の押印も見直される

今回の改正は、保管証書遺言を創設するだけではありません。
既存の遺言方式についても見直しが行われています。
その一つが、押印に関する規律です。
現在の自筆証書遺言では、原則として本人による押印が必要です。
しかし、日常生活では契約や行政手続の押印廃止が進み、印鑑を使用する場面自体が減少しています。
今回の改正では、こうした社会の変化を踏まえ、自筆証書遺言等について押印を任意とする見直しが行われます。
ただし、この改正は2026年6月24日の公布と同時に施行されたわけではありません。
押印の任意化等については、公布の日から1年を超えない範囲内で政令が定める日に施行されます。
したがって、施行前に自筆証書遺言を作成する場合には、現在の法律に従って押印する必要があります。
「法律が成立したとニュースで見たから、今日から印鑑はいらない」と考えるのは危険です。
新しいデジタル遺言はいつから使えるのか

ここも非常に重要です。
保管証書遺言は既に法律として成立していますが、2026年8月現在、まだ利用を開始できるわけではありません。
保管証書遺言の運用には、法務局側のシステム整備などが必要になります。
そのため、保管証書遺言の創設等については、2026年6月24日の公布の日から3年を超えない範囲内で政令が定める日に施行されます。
具体的な施行日は今後政令で定められます。
つまり、「デジタル遺言制度の法律は成立した」ということと、「今日からパソコンで有効な遺言を作れる」ということは全く別です。
現時点で遺言を作成する場合には、現行法上認められている方式に従う必要があります。
今作った遺言は法改正後に無効になるのか

「もうすぐ制度が変わるなら、今は遺言を作らず待った方がよいのではないか」と考える方もいるかもしれません。
しかし、そのように考える必要はありません。
現在の法律に従って有効に作成された遺言が、新制度ができたことだけを理由に無効になるわけではありません。
むしろ、相続対策が必要であるにもかかわらず、「新制度が始まるまで数年間待とう」と遺言作成を先送りする方が危険な場合があります。
人がいつ亡くなるかは分かりません。
また、認知症などによって遺言能力が問題になる状態になってから遺言を作成すると、後に相続人間で遺言の有効性を争われる可能性があります。
遺言を作る必要性が高い方については、現在利用できる自筆証書遺言や公正証書遺言を利用し、必要があれば将来、新制度開始後に内容を見直すという方法も考えられます。
公正証書遺言は不要になるのか

デジタル技術を利用した遺言が可能になると、「それなら公正証書遺言はもう必要ないのではないか」と思う方もいるかもしれません。
しかし、必ずしもそうではありません。
公正証書遺言には、公証人が関与して作成されるという大きな特徴があります。
特に、財産額が大きい場合、会社経営者が自社株式を後継者へ承継させる場合、前婚の子と現在の配偶者がいる場合、特定の相続人に多くの財産を取得させる場合など、将来相続争いが起こる可能性が高いケースでは、単に作成が簡単であるかどうかだけで遺言方式を選択するべきではありません。
遺言書は「作ること」が目的ではありません。
遺言者が亡くなった後に、その意思どおりに財産が承継され、できる限り相続紛争が起きないようにすることが目的です。
したがって、新しい保管証書遺言、自筆証書遺言、公正証書遺言のいずれを利用するかは、財産内容や家族関係に応じて判断する必要があります。
遺言の「方式」より「内容」が重要な場合もある

実務では、遺言の形式は整っていても、その内容に問題があるケースがあります。
例えば、「長男に全財産を相続させる」という遺言が法律上有効であっても、他の相続人に遺留分があれば、遺言者の死亡後に遺留分侵害額請求が行われる可能性があります。
また、不動産だけを誰に相続させるか決めて、預貯金について何も書いていなければ、遺言に記載されていない財産について遺産分割協議が必要になることがあります。
遺言執行者を指定していなかったために、実際の相続手続が円滑に進まないこともあります。
会社経営者の場合にはさらに注意が必要です。
会社の株式を複数の相続人へ分散させてしまえば、相続後の会社経営に重大な影響を及ぼす可能性があります。
したがって、パソコンで簡単に遺言を作れるようになることと、「適切な遺言を簡単に作れる」ということは別問題です。
デジタル化によって作成方法が便利になっても、誰にどの財産を承継させるかという相続設計の重要性は変わりません。
まとめ

2026年6月17日に成立し、同月24日に公布された民法等改正法によって、日本の遺言制度は大きく変わることになりました。
今回の改正では、電子データ等を利用して作成し、法務局で保管する新しい遺言方式である「保管証書遺言」が創設されます。
これによって、これまで自筆証書遺言の大きな特徴であった「原則として全文を手書きする」という負担が軽減されることになります。
もっとも、パソコンやスマートフォンに文章を保存しておけば、それだけで有効な遺言になるわけではありません。
遺言者本人の真意や遺言の真正性を確保するため、法務局が関与する公的な仕組みと組み合わせた制度となっています。
また、保管証書遺言は2026年8月現在、まだ利用できません。
システム改修を必要とする保管証書遺言の創設等については、公布から3年以内の政令で定める日に施行されます。
一方、自筆証書遺言等の押印を任意とする改正については、公布から1年以内の政令で定める日に施行されます。
したがって、現在遺言を作成する場合には、現行法の方式に従って作成する必要があります。
新制度が始まるからといって、相続対策を数年間先送りする必要もありません。
遺言で最も重要なのは、「どの方式を使えば一番簡単か」ではなく、家族関係や財産内容を踏まえて、相続開始後に紛争が生じにくい内容を設計することです。
特に、不動産が複数ある方、会社株式を所有する経営者、前婚の子がいる方、相続人以外の人へ財産を遺したい方、特定の相続人へ多くの財産を承継させたい方などについては、遺言作成前に法律上の問題を確認しておくことをお勧めします。
ご相談・ご質問

グリーンリーフ法律事務所は、設立35年、弁護士18名が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀
相続
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、相続・遺言を含む民事分野を幅広く取り扱っている。遺産分割協議や遺留分侵害額請求など、親族間の複雑な紛争解決に対応。緻密な事案分析と丁寧なヒアリングに基づき、円満かつ適正な遺産承継の実現に尽力している。

















