相続法の改正により、新たに、遺産分割前における預貯金の払戻し制度(民法909条の2)が新設されました。この制度により、相続人は、遺産分割協議がまとまらない間でも、急ぎの葬儀費用の支払いや当面の生活費への充当に、被相続人の預貯金を利用することができるようになりました。今回はこの新設された制度について解説していきます。

遺産分割前における預貯金の払戻し制度が新設されました

被相続人がお亡くなりになると、その財産は遺産として相続の対象となります。
遺産の代表的なものは現金や預貯金、不動産(家や土地)になりますが、中でも預貯金については、被相続人が一家の大黒柱であった場合には、遺族にとって無くては困るものといえるでしょう。

しかしながら、預貯金については、遺言などが無い限り、相続人全員で遺産分割協議をまとめるまでは、払い戻せず手を付けられないものとなっています。

相続人全員の意見がすぐに一致するのであれば問題は生じにくいですが、遺産の帰趨を巡って対立が生じてしまうような場合には、預貯金を長期間おろせなくなってしまうため、遺族にとって不都合が生じることがあります。

そのような場合に備えて、改正相続法では、遺産分割前における預貯金の払戻し制度(民法909条の2)が新設されました。

どんな制度?

民法909条の2は、遺産分割がまとまらない間でも、先に遺産の中の預貯金の一部の払戻しを受けられる制度を規定しています。

民法909条の2 前段
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。

この制度は、条文中にもあるように、「当面の必要生活費」や「葬式の費用」を賄うことを考えて作られたものです。払戻しを受けたい相続人の利便性と、その他の相続人との公平性やその後の遺産分割への影響のバランスを考えて、引き出せる金額の上限が決まっています。

では、引き出せる金額はいくらかになるのでしょうか。
条文によれば、次のように決められています。

①「相続開始時の債権額(=預貯金の残高)の3分の1」に払戻を受ける人の法定相続分を乗じた額
②同一の金融機関については上限は150万円まで。

具体例

ここで具体例を見てみましょう。

被相続人…夫
相続人…妻・子2人
妻の法定相続分 → 1/2
子の法定相続分 → ひとり当たり1/4
被相続人の遺産(相続開始時)
・A銀行預金 1200万円
・B銀行預金 300万円

妻が909条の2に基づいて払戻しを受ける場合
・A銀行 1200万円 × 1/3 × 1/2(妻の法定相続分) = 200万円
⇒ 1金融機関の上限が150万円までなので、払戻し可能なのは150万円まで
・B銀行 300万円 × 1/3 ×1/2(妻の法定相続分) =50万円
⇒ 払戻し可能なのは50万円

したがって、妻は2銀行合計で最大200万円の払戻しを受けられる。

なお、909条の2に基づいた払戻しを請求する際には、被相続人が亡くなったことが分かる書類の他、法定相続分を確認するために相続人が分かる資料(戸籍など)が必要となります。
具体的な払戻しの手続・必要書類については各金融機関にお問い合わせ下さい。

909条の2に基づいて払戻しがされた場合の効果

実際に払戻しがされた場合の効果については、条文は次のように規定しています。

民法909条の2 後段
この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

少し分かりづらいですが、909条の2に基づいて払戻しがされた金額については、遺産全体の中から、先に遺産分割をしてもらったと考えるわけです(遺産の一部分割)。そうすると、後に遺産分割協議をまとめる際には、下記のように考えることになります。

① 遺産の総額を考える際には、払戻しがされた金額も加えて計算する。
② 具体的相続分から払戻しを受けた金額を控除する。
③ ②で払戻しを受けた金額が具体的相続分を超過していた場合は、その超過分について精算する。

例えば、上記の具体例で言えば、妻が合計200万円の払戻しを受けていたとしても、その金額も加えて遺産の総額を考えますので、被相続人の遺産は合計で1500万円分ということになります(①)。

その後の遺産分割協議で、法定相続分に従って具体的相続分を定めることとなった場合には、妻の具体的相続分は1500万円×1/2=750万円ということになります。

しかし、妻はすでに合計200万円の払戻しを受けていますので、具体的相続分750万円から200万円を控除した550万円が、遺産分割協議によって実際に受け取れる遺産ということになります(②)。

もし仮に、遺産分割協議で、妻の具体的相続分を180万円分とする遺産分割協議をした場合には、すでに払戻しを受けた200万円を控除すると、妻は20万円分超過して払戻しを受けていることになります。
この場合には、妻は20万円について精算をしなくてはならないということになります(③)。

改正こぼれ話――制度新設の背景

普段生活をしている中では、ATMなどで簡単にお金をおろせてしまうため、現金と預貯金を「全く違うものだ」と意識している方はあまり多くないのではないのでしょうか。

しかし、法律的には「現金=動産」と「預貯金=債権」は全く性質の違うものとして考えられています。
相続の場面では、特に平成28年に最高裁判例が出るまでは、「預貯金は債権なのだから、他の債権と同じ扱いをされるべきである」と考えられており、相続時に法定相続分に従って当然に分割され、それぞれの相続人が取得しているとされていました。

そのため、理屈としては、例え遺産分割協議がまとまらなくても、各相続人がそれぞれ金融機関に請求して、それぞれの分を払い戻すことができました(実際には、金融機関の窓口で相続人全員の同意を確認されるなど、理屈とは異なる運用もなされていたようです。)。

この考え方は、特に銀行などの金融業界から厳しい批判が多く、平成28年の最高裁判例は考え方を変え、「預貯金も現金と同じように遺産分割協議で話し合って分ける対象になる」としました。

この考え方の転換で、遺産の預貯金をもって遺産分割時の細かい調整を行えることにもなり便利になりましたが、一方で新たな問題が生じました。

それが、「遺産分割協議がまとまるまでの間、預貯金を引き出すことができない」という問題です。預貯金が遺産分割の話し合いの対象となってしまったことで、遺産分割協議がまとまるまでの間、(原則として)預貯金に手を付けることができなくなってしまったのです。

そこで、この問題を簡便に解決するための手段として、今回改正でこの909条の2の制度が新設されることとなったのです。

まとめ

上記の通り、遺産分割前における預貯金の払戻し制度(民法909条の2)が新設されたことによって、相続人にとっては葬儀代金や当面の生活費を確保する手段ができたことになります。他にも、相続税の支払いや、弁護士費用の工面など、まとまったお金が必要なときにもこの制度は有用となります。

遺産分割協議は、すぐにまとまることもありますが、思ったより長期化することも往々にしてあります。そのような場合に備えて、この便利な制度があることを覚えておくと良いでしょう。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 木村 綾菜
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