相続回復請求権とは?最新の最高裁判例も紹介

令和6年3月19日、民法の「相続回復請求権」に関する最高裁判例が出ました。相続にかかわる諸制度のなかでも相続回復請求権はあまり知られていないのではないでしょうか。

この記事では、相続回復請求権の概要と今回の最高裁判例について解説していきます。

1 「相続回復請求権」とは

1 「相続回復請求権」とは

あまり聞きなじみが無いかもしれませんが、民法には「相続回復請求権」というものが登場します。以下の条文です。

(相続回復請求権)
第884条
「相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。 」

引用元:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

上記の条文を読むと、「相続回復請求権というものがあるけれども、5年または20年という時間が経過すると、その権利は使えなくなるよ」ということが書いてあります。

しかし、相続回復(の)請求権という言葉は、この条文にしか出てきません。

「5年以内だったら使えるという相続回復請求権って、結局何ができる権利なの?」という具体的なところは、この条文にも、他の条文にも書いていないということです。

何だか不思議ですよね。

そのため、相続回復請求権がどんな内容の権利なのかということについては、歴史的な経緯などを踏まえながら、民法学者が様々議論しています。

諸説あるところではありますが、ここではざっくりと、

①本来の相続人(真正相続人)が

②見せかけの相続人(表見相続人)に対して

③相続財産の支配(占有)をやめるように言える権利

と理解して頂ければと思います。

2 真正相続人・表見相続人とは

2 真正相続人・表見相続人とは

上記①に出てきた真正相続人とは、本来の、本物の、相続人ということです。

これは何となくイメージが掴めるものと思います。

一方、②の表見相続人はどうでしょうか。見せかけの相続人といわれても、あまりピンと来ないかもしれません。

そもそも、相続人が誰かというのを確認する際には戸籍を辿ります。戸籍を見れば人物関係が分かり、自動的に相続人も確定して、誰が本物の相続人なのか、偽物の相続人なのかということは問題にならなそうなものです。

では、どんな場合に真正相続人・表見相続人という状況が発生してしまうのでしょうか。

様々なパターンがあると思いますが、一番多いのは「後から分かった・無効になった」パターンではないでしょうか。

例えば…

  • 後から法定相続分とは異なる相続分を指定した遺言が見つかり、遺言で指定された分を超えて相続財産を支配(占有)している人がその部分について表見相続人となるケース
  • 後から遺産分割協議書の偽造が分かり、単独名義で相続登記をした相続人が表見相続人となるケース
  • 後から相続人の1人によって他の相続人の相続放棄の手続が勝手に行われていたことが分かり、相続財産を独り占めしていた相続人が表見相続人となるケース

…といったケースのように、「後から分かった・無効になった」時点まではきちんと相続権がありそうに見えますが、真実は相続権が無い(一部が無いという状況も含みます。)という状況で、真正相続人・表見相続人という状況が生じることが多いように思います。

3 今回のケースも「後から分かった」

3 今回のケースも「後から分かった」

今回の最高裁判例のケースは、まさにこの「後から分かった」パターンです。

以下、事案の概要を説明します。

被相続人(亡くなった方)Aさんの法定相続人は、養子のXさんだけでした。

Aさんは預貯金や不動産を所有していましたので、Xさんはこれらの相続手続きをします。

戸籍などを確認すればXさんが唯一の相続人であることは明らかですから、当然、相続手続きは問題なく行えます。

しかし、あとになってAさんの遺言書が見つかります。

その遺言書には、「私(Aさん)の遺産については、X及び甥2人(Y1・Y2とします。)の計3人で、三等分して分けて下さい」といった内容が書かれていました。

Y1・Y2はもともと相続人ではありませんが、この遺言によって、相続財産の3分の1についての包括受遺者となります。少し難しい言葉ですが、包括受遺者は相続人と同等の立場になりますので、「3分の1の権利を持つ相続人になった」と理解して頂ければと思います。

そうすると、Y1・Y2は3分の1の権利を有する「真正相続人」であり、Xさんは、すでに全部を取得してしまった相続財産のうち、Y1・Y2の分である3分の2の部分について、見せかけの相続人である「表見相続人」ということになります。

このような「後から分かった/無効になった」パターンが、実際にも多いのではないかと思います。

4 今回のケースの問題点は

上記の経緯を読めば分かるように、今回の最高裁判例のケースにおける一番の問題点は、「すでに相続財産を全部取得してしまったXさんは、その3分の2について、Y1・Y2に渡さなければならないのか?」という点だと思います。

まず結論から述べてしまうと、今回のケースでは、Xさんは相続財産を渡さなくて良いということになりました(※最高裁で判断されたのは不動産についてのみ)。

何故このような結論になったのかについて、まず「取得時効」という制度を紹介します。

⑴ 取得時効とは

取得時効という制度は、民法の162条以下に定められています。

今回問題となったのは、162条2項です。

第162条2項
十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

引用元:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

細かい条文の内容については省略しますが、ざっくりと言うと、「自分の物だと確信してある物を支配(占有)し、10年間が経過したら、本当は他人の物だったとしても所有権を取得することができる」という制度です。

今回のケースにこれを当てはめると、

①本件の相続財産(不動産)は、その3分の2については、遺言があるために本当はY1・Y2という他人の物だった。

②しかしXさんは、戸籍を見る限り自分しか相続人がいなかったので、自分が相続して新しい所有者になると信じて疑わなかった。遺言書があることは全く知らなかったし、知る由も無かった。

③Aさんが亡くなり相続が発生したのは平成16年、遺言書があると分かったのが平成(29~)31年頃で、Aさんが不動産の支配(占有)を始めてからすでに10年が経過していた。

…ということで、Xさんは取得時効を主張(援用)して、相続財産(不動産)の所有権を取得できるという状況でした。

⑵ 取得時効vs相続回復請求権??

⑵ 取得時効vs相続回復請求権??

しかし、そこでY1さんが反論します。

Y1さんは、「私には相続回復請求権がある。この権利はまだ主張ができる期間内(5年以内、20年以内)だ。私がこの権利を主張できる状況なのに、表見相続人が取得時効を主張して私の相続回復請求権が使えなくなるのはおかしいじゃないか。」というようなことを主張して、最高裁まで争いました。

このY1さんの主張に対して、最高裁は次のように述べました。

(以下は要約です。原文は最高裁HPからご覧ください。)

①「相続回復請求権の消滅時効」と「所有権の取得時効」とは別個の制度であって、どちらかが優先するという関係ではない。

②相続回復請求権の消滅時効完成前に、表見相続人が、相続財産を取得時効により取得することはできないとする法律は存在しない。

③民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続問題を早期・終局的に解決することにある。

④表見相続人が取得時効を主張して所有権を得られる状況(=相続財産の所有権は表見相続人にあると確定できる状況)なのに、相続回復請求権の消滅時効の期間が過ぎていないことを理由に、取得時効により取得できない(=問題の解決が先延ばしになる)というのは、相続回復請求権の消滅時効を定めた上記趣旨に整合しない。

⑤したがって、表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、相続財産の所有権を時効により取得することができるものと考えるべきである。

最高裁はこのようなことを述べ、本件ではXさんが取得時効を主張(援用)して相続財産(不動産)の所有権全てを確定的に得ることができるとしました。

最高裁はときに法律の趣旨(定められた目的など)から法律の解釈を行い、あるいは見直して、このように考えるべきであると判断を下します。

今回のケースでは、相続回復請求権を持つ真正相続人は、まさに「本物の」権利者であるにも関わらず、相続問題をいつまでも燻らせず早期かつ確定的に解決すべしと考えて定められた民法によって、その権利を制限されるという結論となりました。

5 まとめ

5 まとめ

以上のとおり、少し珍しい「相続回復請求権」に関する最高裁判例が出ましたので、その制度の概要と、今回のケースの解説をいたしました。

「後から分かった/無効になった」ことで真正相続人・表見相続人という状況が生じるというのは仕方がないことですが、その二者間(あるいは第三者が絡む場合もあります。)の相続問題の早期かつ終局的な解決のため、本来であれば権利を主張できるはずの真正相続人が損をするというのは、少し手厳しい制度だと感じるかもしれません。

しかし、誰が権利を持つのかということが確定しないと、その間は「みんな」が困るということになります。

民法は「人」と「人」との関係性を調整する法律ですから、ある程度のところで線引きがされてしまうのも仕方がないことかもしれません。

また、今回の最高裁判例のケースで、遺言が発見されたのが(あるいは検認され内容が分かったのが)もう少し早ければ、Y1・Y2は遺言書通りに相続財産を得ることが出来ました。

本来であれば、それが亡くなったAさんの遺志に沿う状況だったことでしょう。

どういう経緯で遺言が発見されたのか(死後13年ほど経つまで遺言書が発見されなかった理由は何なのか)については判決文上明らかではありませんが、遺言は相続人らが把握してこそ意味があり、後から発見されるのではかえって紛争の火種ともなり、さらには結局思った通りの結論にならないこともあり得るということが分かります。

遺言書作成の際には、その内容もさることながら、その存在をどのように相続人らに伝えておくか、どのように手元に渡すかについて、配慮する必要があると言えます。

グリーンリーフ法律事務所では、遺言書作成に関して専門チームが相談を承っております。遺言に興味があるという場合には、ぜひ一度ご相談ください。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 木村 綾菜
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