紛争の内容

依頼者の実母は、大病を患い、終末を迎えるためにホスピスに入所していました。実母は、定年退職後はボランティア活動にいそしむなど、自宅不動産を保有してはいませんでしたが、堅実な生活を送っていました。依頼者は、母から負債を抱えているとの話を聞いたことはなく、また、遺品を整理した際にも、借用書や請求書の類も目にしたことはありませんでした。葬儀は喪主として長男が務め、その費用の一部と、ホスピスの費用などを、母の預金を使用しました。その払戻しをしたのは、母が亡くなった日とその翌日とのことでした。

実母の死後、6か月を経過するころ、亡母の連帯保証債務の相続分の支払い(法定相続分で割り付けられていましたが、数百万円に上りました)を求める通知が、長男、長女のところに、二男の住宅ローン会社の保証会社から届きました。

相談から申立へ

そこで、長女の方が、当事務所の相続の電話相談を受け、その後、長男、長女の方が来所相談を受けました。

ご両名から事情を徴取しましたところ、母は、二男夫婦の新築住居に同居しておりましたが、二男の妻との折り合いが悪く、しばらくして別居し、その後は独居生活をしていたとのことでした。

二男が新居を求めた際の、住宅ローンの連帯保証人になっていることは母からも、二男からも聞いたことがなかったとのことでした。

この説明によれば、過去の裁判例に倣い、相続放棄の申述受理の申立てが受理される可能性が高いとご説明し、ご依頼を受け、家庭裁判所に申立てをすることになりました。

争点

ところで、被相続人である母の預金から払い戻す行為は、被相続人の死亡日及びその翌日に被相続人名義の預金口座からの引出しについては、法定単純承認事由たる「財産の処分」(民法第921条第1号)にあたる可能性があります。これに該当すると、相続を承認したものとされ、相続放棄が認められず、亡母の相続債務である、今回支払いの請求を受けた数百万円に及ぶ支払義務を相続したことになります。

このような場合において、大阪高等裁判所決定平成14年(ラ)第408号は、「相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「財産の処分」には当たらないというべきである。」と判断しています。

同決定は、「葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らの資力がないために被相続人の葬儀を執り行うことができないといえば、むしろ非常識的な結果と言わざるを得ない」と述べております。

この裁判例に倣い、依頼者の相続放棄の申述受理の申立てに当たって、次のように意見を添えました。

(各)申立人の支払は、葬儀費用又は葬儀に関連する費用のためのものであり、相続財産から葬儀費用を支出する行為に当たり、しかもその費消額が不相当ではないものと思料されます。

そして、施設や病院などの支払への充当について、被相続人自身の財産で賄うことも、被相続人の終末費用の支出であって、これもやはり、社会的見地から不当なものといえず、上記の葬儀費用の支出と同義と考えられます。

したがって、今回の申立人らの、本件支出のための、被相続人名義の預金の払い戻しは、法定単純承認たる「財産の処分」にはあたらないとの意見を添えました。

そして、相続放棄をするにあたっての、熟慮期間の起算点は、相続債権者である本保証会社からの通知を受けた、令和6年1月末であり、本申立は、それから3か月以内であるから、熟慮期間の徒過もないから、本相続放棄の申述受理の申立ては、受理されるのが相当であるとの意見も添えました。

本事例の結末

被相続人の死後(相続発生後)、形式的な3カ月の熟慮期間の経過後の申立ての場合、申立てを受け付けた家庭裁判所から、申立人本人宛に、より詳細な事情の報告を求める旨の照会書が届くのが通例です。

今回は、そのような照会もなく、申立から2週間余りで、家庭裁判所から受理の通知書が届きました。

めでたく、本相続放棄申述が受理され、相続放棄が認められ、相続人でなくなったということになります。

依頼者からの求めにより、その受理の証明書の交付を申請しました。

本事例に学ぶこと

親族が亡くなり、遺族は葬儀を執り行います。葬儀費用は喪主が負担しますが、被相続人の遺産預金をその支払いに充てることはよく見受けられるものです。

葬儀を執り行い、6カ月もたってから、被相続人の債務の存在が、金融機関からの通知などで発覚しますと、相続人の方々の驚愕は想像に余りあります。

少し落ち着いて、インターネット検索をすると、「被相続人の財産を費消したら、相続放棄ができない」というアドバイスないし回答を発見し、さらに愕然とします。

しかし、本件のような事情の場合には、大阪高等裁判所の裁判例を参考に、相続放棄の申述が受理されることもあります。

また、私が担当した事件では、相続放棄申述受理後、相続財産管理人選任申立をした事案で、家庭裁判所に選任された管理人に、相続財産である遺産預金の引継ぎをする際に、被相続人の死後に相当の金員が払い戻しをしていた事実が発覚し、その使途を資料を添えて説明し、上記高等裁判所の事案と同じく、葬儀関連支出であり、法定単純承認に該当しないと意見を添えましたところ、相続財産管理人申立てを受け付けた家庭裁判所からも、選任を受けた管理人弁護士からも、相続放棄の無効の意見はなく、円滑に手続きが進行した事案もあります。

新型コロナウィルスが感染法上の5類に移行した以降は、極めて近しい親族以外の列席者も迎える葬儀の催行も復活してきました。その費用負担に際し、本件のような場合もあります。

ご事情次第では、本件のように、相続放棄が認められる場合もあります。

まずは、当事務所への電話での相続相談をお受けになることをお勧めします。

弁護士 榎本 誉