紛争の内容
両親は、定年退職後年金生活を送っていたところ、中国地方にある不動産を売却処分し、二女のもとに引っ越し、しばらくして、父が施設に入所し、その後、死去しました(一次相続の発生)。

この際、配偶者である母と二人の子は特に、遺産分割協議をしませんでした。

その後、母も施設に入所し、母も同所にて死去しました(二次相続の発生)。
両親と同居していた妹が、家庭裁判所に遺言の検認手続きを取りました。

検認期日に出席した依頼者は、各遺言の原本を示され、両親のそれぞれの遺言の内容を知りました。

その遺言は、いずれも、身を寄せたことがある妹に全部の遺産を相続させるというものでした。
亡父の遺産分割協議が行われていなかったこと、また、亡父の相続税申告もなされなかったことから、依頼者は、亡父の遺産の全容を知りません。

また、亡母の遺産も、亡母との同居生活がなかったことから、亡母の預貯金なども知りませんでした。

この紛争は、遺産の全容が不明であること、亡父、亡母とも、遺言作成時には、施設に入所しており、高齢であったため、遺言の能力が備わっていたかも疑問だとして、相談に見えられ、依頼を受けた事案です。

交渉・調停・訴訟などの経過
まず、亡父、亡母の遺産の全容が不明ですが、各遺言の内容に照らせば、依頼者の遺留分を侵害していることが明らかと予想されました。

また、遺言の能力についても疑問なしとはしないものでしたので、仮に本件各遺言が有効であるとすれば、先行の亡父遺言については、依頼者の遺留分を侵害するものとして、遺留分減殺請求の意思表示を、亡母の遺言により、依頼者の遺留分を侵害するものとして、遺留分侵害額請求として、いずれも相当額の支払いを求める旨の通知を内容証明郵便で発しました。

それに合わせて、両親と同居していた相手方が保有しているであろう、各遺産の内容を開示するように求めました。特に、預貯金については金融機関のみならず、できれば通帳の写しを提供するよう求めました。

相手方から、当方と争う意思はないこと、準備に時間がかかるから時間の猶予をいただきたいとの返答がすぐありました。

しかし、相応の時間の猶予を与えても、一向に遺産の内容が開示されませんでした。
依頼者は、両親と取引があったと記憶する金融機関と証券会社のリストを作成してくれました。

そこで、金融機関については、依頼者自らが、各金融機関あてに残高の確認と取引明細の開示を求めました。

証券会社については、弁護士会照会請求の手続きを取って、取引の内容の開示を求めました。
証券会社については支店名まで特定されていましたので、担当支店宛に照会しましたが、中々開示されず、かえって、証券会社本店に回されたようでした。
なかなか開示されないことに業を煮やした依頼者が、担当支店に、相続人資格で開示請求したところ、間もなく、開示されました。
被相続人の取引情報の開示は、金融機関のみならず、証券会社とも相続人資格での直接請求の方が対応が早いことが判明しました。

他方、亡父・亡母の遺言能力の問題ですが、亡父については、すでに死後5年以上を経過していたこと、亡母については、要介護認定を受けていたでもないことから、遺言能力の判定に必要な医療機関の医療データを獲得することがかないませんでした。

よって、遺言能力については争わないこととしました。

他方、開示された金融機関及び証券会社の各取引明細書を検討しましたところ、いずれも生前に解約払い戻しを受けており、その払い受けた金銭が不明であることが判明しました。

また、地方都市にあった実家不動産を売却した資金の流れも判明しませんでした。

依頼者は、払い戻しを受けた各金銭は、相手方が取得したはずである、それは一億円を下らないと推定しますが、決め手に欠けました。

また、いわゆる「被相続人名義の預金の生前払い戻しの問題」とされるものですが、払い戻しを受けた預金現金の、相手方への移転の終了・立証の困難が予想されました。
相手方に対しては、各預金などの取引明細から推定した各遺産から、少なくとも遺留分侵害をしたと推定する金銭の支払いを求めましたが、やはり、一向に返答がありません。

すると、相手方から、当職に対し、面談を求める連絡がありました。

そこで、当職より、相手方の勤務先と自宅との中間地点でもある、日弁連会館での面談を申し入れましたが、先方は勤務先付近での面談を希望しましたが、先方はやはり多忙を理由として、日程調整がかないませんでした。

そこで、相手方に対し、遺産分割調停を申し立てざるを得ない旨連絡しましたところ、相手方に代理人が就任し、代理人から、当職との面談を求められ、当事務所に先方の代理人が訪問して、協議することとなりました。

その協議の場で判明したのが、相手方は代理人弁護士に当方から送付した金融機関・証券会社からの開示資料の写しを一部しか交付しておらず、相手方代理人も被相続人の遺産の全容の把握が不十分であったことでした。

そこで、当方より、改めて、相手方に送付したのと同様の資料を作成し、交付し、検討を求めました。

相手方代理人より、相手方本人の払戻金の使途説明を踏まえ、支払うことが可能な金額の返答がありました。

これに対しては、その使途説明が、客観的事実にそぐわないこと、私的流用が過ぎることなどから到底受け入れない旨返答し、さらに協議を重ねました。

双方の依頼者が、家庭裁判所での遺産分割調停、争おうとすれば、遺言無効から、遺産確認の問題等にも派生しかねないことを理解し、代理人間で、双方の譲歩ができないか、それを踏まえて、依頼者と協議しました。

本事例の結末
双方の提案ないし回答した金額のおよそ中間の金額で解決することになりました。
当方の依頼者も、調停手続きや民事訴訟の手続きを経て、解決までに数年かかりかねないことよりも、現時点において、当該解決金を受領することを良しと選択され、合意が成立し、解決金の支払もなされました。

本事例に学ぶこと
父が亡くなり、一次相続が発生します。

このときに、子供たちは、配偶者である母が全部取得してもかまわないとし、その後母が亡くなったときに、子供たちで遺産分割協議をして、平等に分けたいと希望する方は一定数おられます。

本件でも、依頼者は、その意向でしたので、一次相続については何も主張しておらず、まさか、二次相続が発生し、両親に遺言があったことを知り、その内容が両親が実家を売却し、一旦身を寄せた相手方にいずれも全部を相続させるという遺言があったことに驚いたようです。

また、各預金の取引明細を確認して、生前に多額の預金払い戻しがあるも、その払戻し現金の使途が不明であることが判明しました。

このような場合、全部を相手方に相続させるという遺言がある以上、遺留分侵害の問題として考えることになりますが、厳密な遺留分侵害額計算は困難を極めます。

このような限界に照らしつつ、早期の解決を図ることを希望する依頼者の意思を尊重し、中間の金額での示談となりました。

スムーズな交渉が進捗しない場合には、調停手続きを利用することにより早期の解決に資する場合が多いですが、双方に代理人が就任したことで、何とか示談成立になった事例です。

稀有な事例ですが、ご参考になればと存じます。

弁護士 榎本 誉