紛争の内容

被相続人は、製造業を営む企業の代表者でしたが、個人としては、多額の相続税負担、経営する会社の金融機関借入金の連帯保証債務等がありました。相続人は全員、相続放棄の手続をとり、相続人不存在の状態でした。

そこで、被相続人名義の、さいたま市内の宅地と7階建てのビルに抵当権を設定していた金融機関の保証会社が、担保物競売を申立てるとともに、相続財産清算人(当時は管理人)選任申立がなされ、当職が選任を受けたものです。競売物件については、清算人として、任意売却も視野に入れます。

相続財産には、7階建のビルと、埼玉県西部に相続した農地10筆ほどがあり、また、預金、証券などがありました。

相続放棄をした第一順位の相続人である二人の子(成人)は、長男の方は都内に暮らし、長女の方は国外で生活していました。

交渉・調停・訴訟などの経過

(1) 競売対象建物の調査・違法建築物件の任意売却

まず、競売事件担当執行官から、本件ビルの現地調査の立ち合い要請があり、同行しました。

被相続人経営の会社の担当者も同席しました。

同ビルは、被相続人経営の会社事務所、資材材料の保管場所となっているとともに、上階は代表者家族の居宅でした。

被相続人経営会社は、同ビルから近所の物件に移転しており、同ビル内に残置された私財は使用予定のないものであるが、搬出しても保管場所がないため、同社では引き上げられないとのことでした。

また、本ビル内には、被相続人の配偶者作成と思しき美術作品も多数ありましたが、交換価値は乏しいようでした。居宅部分には、国内有数の有名ブランド家具メーカーによる内装材の工事が未了となっており、その材料が放置されていました。

これら、残置動産の写真をとり、残置動産搬出費用見積もりの資料とする予定でしたが、あまりに膨大であるため、改めて、業者を手配し、見積もりを取ることとしました。

執行官は、さらに、本件建物自体を調査したところ、建築基準法違反建物であることが判明したとのことでした。

そのためもあり、土地はさいたま市内の優良地にもかかわらず、売却基準価格は4850万円でした。

本不動産内の残置動産処分費用も数百万円が見込まれるなか、ほぼ倍額での購入希望者の建売住宅業者(パワービルダー)が現れました。

同社以外に、購入希望者は現れませんでしたことから、本競売申立債権者にも打診し、売却金額の5%の、当財団への組み入れの了解も取付ました。

そこで、本物件の任意売却について、家庭裁判所に相続財産の管理権を超えるものとして、不動産処分などの権限外許可を申請し、許可を受け、売却し、代金の5%の財団組み入れを得ました。

因みに、本件ビル跡地は、教育環境に恵まれた県下有数の文教地区であったこともあり、当時としては高額な戸建て分譲住宅として販売されました。

(2)その他の財産の換価行為

本相続財産には、10筆余りの農地の外に、株式その他の動産がありました。

農地の売却については、いわゆる弁護士案件を得意にしている不動産業者複数社に打診し、買受人を探してもらいうこととしました。

その他の株式など動産については、その都度、その売却についての権限外許可を申請し、家庭裁判所から許可を受け、換金しました。

(3) 物上保証人としての求償権の行使、相続財産法人からの放棄許可

被相続人が代表者を務めていた企業は、もともと取締役であった被相続人長男が新たに代表者に就任していました。

任意売却したビル内に残置していた資材についての搬出処分などについて、法人の代理人に就任していた弁護士に、債務超過と推測される同法人は破産申立をしないのか打診したところ、法人の債務超過は前代表者であった被相続人の経営責任であるし、また、破産申立費用も工面できないので、特段の手続をとるつもりはないとのことでした。

相続財産管理の手続きを進めるために、管理人(当時)より、同法人に対し、物上保証を尽くした求償権と、その余の連帯保証債務についての事前求償権に基づき、求償請求として、その支払いを求める内容証明郵便による催告を複数回行いました。

しかし、一向に応答はなく、また、実際の事業も継続しているのか不明の状況でした。

同社の代表者は、とある団体の幹部として、海外に在住していることも判明しました。

主債務者である法人の財産状況は、当時の代理人の説明によると債務超過であり、不動産はなかったこと、法人の本社移転先も法人名義ではないことなどから、めぼしい財産は見当たらないこと、他方、訴訟提起をして債務名義を得て、同法人名義の預金口座を調査し、それに対し、債権差押の強制執行を行い、それが不奏功である場合に、財産開示の手続をとるという、一連の手続きを経て、法人の財産調査をするまでの必要な認められませんでした。

そこで、同法人に対する、1億円を超える求償権については、裁判所の許可を得て、当相続財産法人から放棄しました。

(4) 農地の換価

① 農地所在地元不動産業者への売却許可を受けるも、開発不許可により、売買不成立

農地のある地元不動産業者から、開発許可を受けられることを条件の売買の申入れがありました。

同社によると、開発許可を受けられる見込みがある由のこと。

そこで、売却に手間取っていたこともあり、渡りに船として、同申出を受け、売却についての許可申請を行い、家庭裁判所から許可を受けました。

同不動産業者は、地元市町村役場に開発許可の打診を行ったようですが、しばらくして、残念ながら、許可を受けうる見込みがないとして、本件農地の購入を撤回したいとの連絡がありました。

開発許可を停止条件とした売買契約でしたので、同契約が成立しなかったことになりました。

改めて、当職から、同市町村役場担当課に確認しましたところ、具体的な申請がないので…という理由付きで、当該農地の所在地苦においては開発許可の条件が同年より一層厳しくなり、不動産業者の開発計画であると、その条件をクリアする内容の開発を行うことでは到底採算が合わないと判断したのであろうとのこと、また、同地区内では、おそらく、いわゆる分家住宅新生くらいしかできないというのが現実ではないかとも説明を受けました。

同市町村のホームページを参照すると、同年より、一層のコンパクトシティ化を進めているようであり、調整区域内の開発許可を受けられなかったのも無理もないことでした。

② 公売処分による差押

本被相続人には、多額の滞納税金がありました。

そこで、たびたび、関東国税局担当者から、本件手続進捗などの問合せを受けておりました。

本件農地の換価に当たり、農地の不動産登記情報を確認しておりましたところ、一段の内のうち一筆について、税務当局による公売処分による差押がなされていることが判明しました。

そして、間もなく、同税務当局の担当者が面会を求めてきました。

同担当者の説明によりますと、公売処分による差押をしたのは、本件農地を売却のためとのことでした。

購入予定者は同農地の隣地の方で、同地を家庭菜園として利用していたため、購入の意思確認をしたところ、前向きであったので、当管理人が換価のために売却に走らないように、差押したとのことです。

しかし、隣人の方は、やはり、購入を断念したとのことであり、また、税務当局としても、当管理人の売却には協力するとのことでした。また、売却見込みがなければ、税務当局としては差押を解除するとのことでした。

担当者によると、本手続が始まる前に、公売処分で入手した購入者(業者)が、開発した住宅売り出し中であるから、同社打診したらどうかとか、本件隣人について、再度打診したらどうかとも意見をいただきました。

しかし、同市町村の開発許可の厳格化方針に照らすと、容易に購入者は現れないと予想していました。

③ 当該不動産の国庫帰属の見込み

本不動産(農地)については、平成29年6月27日付理財局国有財産業務課長発の、「国庫帰属不動産に関する事務取扱について」を参照し、国庫帰属の途を検討しました。

また、改めて、現地調査をしましたところ、各不動産は畑(地目)であるが、同土地上の境界杭などの境界標を発見することはかなわず、隣地との境界確定協議に困難を要することが想定されました。

国庫帰属の途を探るために、担当部である関東財務局下記アドバイスを得ました。

・まず、国庫帰属(希望)不動産については、上記の売却困難な事情と共に、隣地隣人などの周辺住民・所有者(以下、「隣地隣人」とする)に取得希望のないことを確認する必要があります。

・隣地隣人に取得希望者が皆無である場合に、引継ぎのための準備をお願いします。

・その準備は下記のとおりです。

土地測量図、本件不動産隣地との境界確定協議書面を準備すること。

境界標を発見することが困難であるようなので、土地家屋調査士に調査を依頼すべきであること。

土地測量図がない場合、当管理人側において、測量、作成をし、あわせて、境界確定協議書を作成する必要がある。

・なお、平成29年6月27日付文書には、「なお、土地・建物測量図及び境界画定協議書の作成について費用支弁が困難であること等により相続財産管理人の同意が得られない場合には(国庫帰属不動産引継書への)添付を不要とする」とありますが、これは、「管理人管理財産がほとんどない」ことを意味するとのことであり、相応の財団を形成している場合には、管理人の負担での同書面の作成(添付)を免除するものではないとのことでした。

これを家庭裁判所に報告し、今後の方針を確かめましたが、きわめてハードルが高く、積極的には同対応を取らず、譲受人を探索することとなりました。

ただ、本件不動産は農地(畑)の譲渡には農地法により県知事の許可を条件とするが、現地調査上は、本件農地の隣家隣人には一見して農家であるものは見当たらなかったが、少し離れたところには、古くからの農家、そして寺院墓所が見受けられました。

管理人としては、住宅地図から近隣農家に対して、譲受打診をするため、県立図書館に住宅地図の閲覧、当社の手続をとり、近隣の農家の方を調べました。

④ 購入者現る

いわゆる弁護士案件を得意とする都内不動産業者から別件問い合わせがあった際に、本件農地について相談したところ、買い手をあたりたいと申し出を受け、甘えました。

すると、寺院からは同住職が農業従事者でもあることから、低廉であればとして取得を検討してもらいましたが、許可手続きや登記費用の負担もあってか、やはり、取得をあきらめるとのことでした。

近隣の農家から取得希望がありました。その方の先祖代々の墓所が本件農地の隣地にあり、同農地を取得しても良いかと考えていたが、当方の事情を汲んでくださり、農地全部を取得すること、境界確定も不要、登記手続等の費用も買主全額負担するというありがたい申出でした。

但し、農地全部を総額1万円とのことでありましたので、財団の充実はほとんどないことなどを説明し、相続債権者からも特に異議はなく、売却の許可に基づき、売却手続きを執り行いました。

(5)配当

その他の動産類を換価を行い、管理財産の換価が終了しました。

そこで、管理人の報酬付与を求め、裁判所に申立てをなし、報酬の決定を受けました。

管理財産から同報酬額を控除した金額が、分配(配当)可能財産となりました。

当清算人(相続財産清算人とする改正がありました)が把握している債権者に、現在の債権残高を再確認する調査を行いましたところ、ある債権者においては、既に貸倒処理がなされているとの回答があったり、また、多額の滞納税金がありましたが、平成29年の、公売処分のとん挫、当方からの手続内容、農地の換価困難な状況係属に鑑み、すでに回収不能の判断をされたとのことで、多額の滞納税金の負担が一気になくなりました。

そこで、改めて、配当を受けるための届出債権者の届出額で、案分して、少額ですが配当しました。

送金手配完了し、管理人名義の口座を解約し、家庭裁判所に終結の最終報告をしました。

本事例の結末

さいたま家庭裁判所の担当書記官によると、本事件がさいたま家裁で一番古い相続財産清算人事件とのことでした。さいたま家裁では、相続財産清算人選任事件は、2年で終結をすることを目標ないし目安としているとのことです。

競売事件の所有者権債務者が相続財産法人となったことから、本件相続財産管理人選任を受け、建築基準法違反建物とその底地の任意売却は円滑に進み、また、換価の容易な株式などはすみやかに換金できましたが、本件農地の処分にこれほど時間がかかるとは思いもよりませんでした。

本件農地の所在地付近は、古来からの果樹栽培地であり、本件一団の農地は管理放棄地であって、近隣の農家の方が興味を引く物件ではなかったこと、被相続人の前主の出身地であり、同被相続人も農業を営んではいませんでした。被相続人の親族にも農業従事者はおりませんでしたので、その伝手も使えませんでした。

しかし、不動産会社の担当者の活躍により、買い手を見つけてもらい、処分できたものです。

事例に学ぶこと

換価困難な不動産があっても、相続人不存在から始まる相続財産清算人事件においては、相続財産法人から放棄して終わるということができません。

相続財産清算人選任事件の申立手続の代理人としても、依頼者からの換価困難不動産を含む相続財産清算人手続を申立し、各地域での清算人弁護士にご負担をかけている事件があります。

しかし、家庭裁判所から選任を受けた清算人の弁護士は、その職責を全うし、相続財産の換価を成し遂げられます。

このような意味合いで、相続財産清算人選任制度を利用し、同清算人の選任を受けるのです。

相続人の方が、被相続人の財産には、管理換価困難な不動産がある場合に、相続放棄の手続をとり、相続人不存在の状況に持っていき、家庭裁判所に相続財産清算人選任の手続をとるという手法があります。

被相続人が債務超過であるから相続放棄をするという方がほとんどですが、管理が困難な遺産不動産がある場合に、相続放棄からなる、相続財産清算人選任申立を利用するという手法もありますので、ご相談いただければと存じます。

弁護士 榎本 誉